「年収160万円の壁」導入で年金受給者の手取りはどう変わる?
制度改正の背景と概要
政府が検討している「年収160万円の壁」の導入は、主に次の目的があります:
- 物価高対策: 物価上昇に対応するため
- 働き手不足対策: 特にパート労働者の労働時間増加を促進するため
現在は「103万円の壁」と呼ばれる所得税非課税の基準がありますが、これを160万円に引き上げる案が検討されています。しかし、当初国民民主党が提案した「178万円案」から自民党の「123万円案」を経て、公明党提案の「160万円案」に落ち着きそうな状況です。
控除額の変更内容
「160万円案」では以下の控除額の変更が行われます:
項目 | 現行 | 改正後 |
---|---|---|
基礎控除 | 48万円 | 58万円(+10万円) |
給与所得控除 | 55万円 | 65万円(+10万円) |
年収別の控除額上乗せ
年収に応じて基礎控除額の上乗せ額が異なります:
年収 | 基礎控除上乗せ額 | 基礎控除総額 |
---|---|---|
200万円以下 | 37万円 | 95万円 |
200万円~665万円 | 段階的に減少 | 58万円~95万円 |
665万円~850万円 | 5万円 | 63万円 |
850万円超 | 0円 | 58万円 |
注意点
- 住民税の基礎控除増額はありません
- 年収200万円以上の方の基礎控除上乗せは2年間の期限付き
- 年収200万円以下の方の控除は恒久措置
年金受給者のケーススタディ
東京都中野区在住、65歳、独身、収入は年金のみの3名のモデルケースで比較:
ケース1:田中さん(月額年金15万円・年間180万円)
制度 | 納税額 | 手取り増加額 |
---|---|---|
現行制度 | 1万8,483円 | – |
160万円案 | 1万5,582円 | 2,901円増 |
178万円案(参考) | 5,000円 | 1万3,483円増 |
ケース2:佐藤さん(月額年金20万円・年間240万円)
制度 | 納税額 | 手取り増加額 |
---|---|---|
現行制度 | 8万9,411円 | – |
160万円案 | 6万5,291円 | 2万4,120円増 |
178万円案(参考) | 5,000円 | 8万4,411円増 |
ケース3:鈴木さん(月額年金25万円・年間300万円)
制度 | 納税額 | 手取り増加額 |
---|---|---|
現行制度 | 16万7,626円 | – |
160万円案 | 14万3,506円 | 2万4,120円増 |
178万円案(参考) | 5万4,338円 | 11万3,288円増 |
給与所得者への影響
- 年収100万円台の方:年間数千円の手取りアップ
- 年収500万円~800万円の方:年間2~3万円の手取りアップ
- 自営業者:詳細不明だが、同様に2~3万円程度の手取りアップの見込み
物価高への対応
- 消費者物価は約3%上昇
- 月25万円の生活費の場合、年間で約9万円の物価上昇負担増
- 160万円案での減税効果(約3万円)では、物価上昇を相殺できず(約6万円の負担増)
「壁」の種類と影響
実際には複数の「壁」が存在し、それぞれ注意が必要です:
壁の種類 | 金額 | 内容 |
---|---|---|
社会保険の壁 | 106万円 | 企業規模51人以上の場合、社会保険加入義務 |
社会保険の壁 | 130万円 | 企業規模50人以下の場合、社会保険加入義務 |
住民税の壁 | 110万円 | 2025年以降、この金額を超えると住民税課税 |
所得税の壁 | 160万円 | 所得税非課税の上限(新制度) |
配偶者控除の壁 | 207万円 | 配偶者控除適用の上限(予定) |
結論と提言
- 160万円案での減税効果は年間数千円~3万円程度で、しかも2年間限定の措置
- 現在の物価上昇を考えると効果は限定的
- 所得税の壁よりも社会保険の壁の方が手取りに大きく影響する
- 働き方を調整する場合は、207万円の壁(配偶者控除)を意識するのが得策
- 税制の根本的な見直しや社会保険制度の改善が必要
この改正は耳障りのいい名称ながら、実質的な恩恵は限定的であり、根本的な解決には至っていないと言えます。
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